2011年3月アーカイブ

昨日、福島の被災地にいる学生時代の友人から有難うのメールが届いた。


震災2日後のこと。
連絡の取れない彼女の安否が気になると
他の友人達から私に連絡がきた。

私なら連絡先を知っていると思ったようだった。
(そういえば私はサークルの部長をやっていて、一番皆と接点あった)
しかし彼女とは数年連絡を取っていなかたし
この時点で電話は不通だった上、
メールアドレスが変わっていたようだった。

そこで私の別の友人を当たって連絡先を聞き出した。
その時その子が一度だけ彼女と連絡が取れひとまず無事だと聞いた。
そして、すぐには繋がらないだろうけどと
皆に新しい連絡先をまわしておいた。

その後彼女に皆から励ましのメールが沢山届いて、
友達の有り難みを感じてる、皆に連絡してくれて有難う、
明日から頑張れそう、という
内容のメールをくれたのだった。

彼女の実家は南相馬市で、家は幸いにして流されなかったけど被害の影響は大きい。
そして彼女が住んでいるいわき市は風評被害で物資がなかなか届かない。
水も2週間経ってようやく出るようになったという。
学校の先生をしているのだけれど子供が原発事故のため避難していて
いつ再開できるのか分からない状況。

そんな中なのに、私の事も心配してくれていた。

明日から頑張れそう、という言葉が嬉しくもあり、
胸が苦しくもなった。

それで、大学メンバーに声かけてお見舞金集めて送る事にした。
他の募金とは違って渡すのは一人の子に対してだけだけど、
金額は大したものにならないかもしれないけど、
その子がちょっとでも元気になれれば他の人も元気になるかもしれない。

いま皆に連絡してる。


空が綺麗だ。
橋の造形が綺麗だ。
カップルもファミリーも楽しそうだ。

p741.jpg

地震から2週間、節電で会社も町中も薄暗くて
買占めとか水や野菜が危ないとか、原発問題はまだ進行中だし
余震は続くしで楽しい事全然見つけられない日々。


日曜日、天気がいいので気晴らしに友達と散歩にお台場へ。
レインボーブリッジを歩いて渡ってみることにした。
芝浦ふ頭駅に初めて降りて向かう。
景色が開けると雲がぽかぽか浮いた青い大きい空と
レインボーブリッジの巨大な橋、
遠く向こうにビル群やタワー2つ。
橋を渡った先にはのほほんとした海浜公園。

p742.jpg

気持ちよかった。
友達との会話は地震に関してが多かったけど、
足動かして、色々発見して、
おだやかな景色見たら随分と心が平常になってきた。

やっぱり外に出ないといかんな。

19時頃お店は終わりだし、お台場も暗くなる。
いつも綺麗なレインボーブリッジもこの日は大人しく節電してた。



3月17日(木)
「いい事ないねえ」と母が言う。

外は今頃になって凄く寒い。
昼、オムツがどこにも売られていないという情報を聞き
心配げな同僚につきあってドラッグストアを回ったが
空っぽ。
ついでに生理用品も売り切れていた。

箱ティッシュを求めての行列も。
既に3日前に箱ティッシュを買いだめしていた隣の部署の長は
顰蹙(ひんしゅく:こんなに難しい漢字なのか)も買うはめに。
3月11日(金)

15時前、縦揺れの大地震。
これはいつもと違うと救命袋からヘルメットを取り出し
いち早く被る。
12Fの窓からは遠くの高層ビルの上にあるクレーンが大きく揺れているのが見えて怖かった。
以下は地震の起きる前、11日の昼に書いていたもの

3月9日(水)
お昼を一緒にとるメンバーはみんな割と年上だ。
それが関係しているのか分からないけど
私だけ考え方が違う話があった。


2011年3月11日、千年に一度と言われる大地震。
15日現在未だに余震は続き、二次災害は続いている。

twitterでは情報協力を仰ぐ人、有益情報を流す人、デマを流す人、
いつもどおり「つぶやく」人、励ましの言葉をかける人、
テンションが上がってケンカまで始める人、
色々といて、性格が顕著に出てその人への印象をさらに濃くした。

--

自分は地震発生当時、12Fにいて
もうダメだと恐ろしい思いをし、
家族や犬や友人、知人の安否が気になった。
そしてその安全が確認できたのでひとまず安心、
そこからはできるだけ冷静に過ごすべきだと思った。
(TVから流れる地獄図見ると難しいけど)

被害の少ない私たちは
パニックになって買い占めに走ったり、
懸命に働いている人たちの文句を言ったり
不安を煽るような情報に振り回されてる場合じゃない。

寄付や献血以外に直接役に立てる事のできない私たちは、
普段どおりに落ち着いて、大丈夫、という気持ちでいるべきだと思う。
その大丈夫、があってこそスムーズな支援に繋がると思うから。

大丈夫な人が早く増えるように、自分は大丈夫なんだからと気を落ち着かせて
日本の普段の生活を少しずつ取り戻していきたい。

3月7日(月)
前日は暖かかったのに雪。
雪なのに花粉が凄い。
どうやらスギ花粉マックス期、
ハーブティだけでは完全には抑えられないらしい。非常に残念。
(とはいえハーブティ飲んでいなかったらもっと大変な事になってるだろう)

鼻スプレーを用法用量を守って使用することにした。
昨年は使いすぎて逆に炎症しやすくなっちゃってたからね。

--
編集作業。楽しくできた企画は集中して割と一気に書けるのに
気が進まずなかなか書けない。面白いかなこれ、と疑いながら。


3月8日(火)
会議5時間通し。
これから当分は毎週予定・・。

夜はDPZ会議。
会議といっても全然質が違っているので楽しい。
でも変に緊張。

帰りにヂンさんにおススメの金八第5シリーズのDVDを借りた。
「座席表も知っていたほうがいい」と公式本も借りる。そうなの?

帰って編集の続きしようと思ったけどすぐに寝てしまった。

週末はバタバタして疲れてしまった。
生命力のみならず体力も無いんだ。


3月4日(金)
ヂンさんの金八イベント@naked loft 

この年でオールナイトはキツいだろうとギリギリまで悩んだが
面白そうだし金八を見た事があまり無かったので
一気に理解できるだろうと思って行ってきた。
実際楽しく大体の話の流れを知ることができた。


ゲストのホリさんはほとんどシモネタだったが
よく喋って盛り上げていた。
やはりモノマネをする人はサービス精神旺盛だ。
(ホリさんは私の高校の友達メンバーの1人と親戚。
だいぶ前にその友達と単独ライブに行き後でサインを戴いた事も。という会話をライブ後にした。)

最後に全員でさくら中学の校歌を合唱していた。(宮城さん伴奏)
年代がバラバラの客がみんな歌ってる。歌えるもんなんだ。
隣に座っていたさくらいさんとその友達もバッチリ歌っていた。


帰り、ゲストの1人だった工藤さんがこれから寝ずに仕事に行く、
と言っていた。タフガイ。


3月5日(土)

帰って寝たが、野暮用が2件あって割と早く起床。

カナダの友人から結婚したとの報告の手紙が来ていた。
凄く嬉しい。そして正直、ああ取られてしまったか!ととても寂しい。

でもカナダは日本より住みやすそうだし
色んな人種がいて考え方が寛容で、住んでる人の満足度の高い国。
彼女にはとっても向いている。


--

・夜、友人(ベティーズグラマー)のライブへ@六本木
曲も声も良い。が、女の子には珍しいほどの物凄い猫背。

・夕方興奮するメールが届いた。どうなるやら。


3月6日(日)

朝早く起きる予定が寝坊。
友人にケーキを作って持っていくと約束してしまっていたのだ。
買い物から始まり急いで混ぜたりなんだり。
なかなかうまく焼けない。だって慣れてないもの。

その間に1時半からギターレッスンと
4時からちょっとした打ち合わせがあって
6時に友人と待ち合わせなのでアワアワした。

さらにそれぞれ出かける際に兄に結婚報告で呼び止められたり
出ようと開いたドアから犬が2匹出ちゃって追いかけたり。テンパりすぎ。


出来立てケーキはまあまあフワフワだったけど
友達に渡して少し冷蔵庫に入れたら
固くなって結局カントリーマウムみたいになってた。
そういうものと考えれば美味しく出来た。


--

久々に卓球をした。
それで疲労したのか何なのか
帰りの電車で貧血になってうずくまってしまった。
こりゃ献血してる場合じゃないわ。

3月1日(火)
色んな笑いがある。
お腹抱えて笑う、クスリニヤリと笑う、愛想笑い、半笑い。

家庭の医学というTVを見ていた母。
「それでは皆さんもやってみましょう」と司会者がいって
ゲストたちが健康の為のフラダンスメソッドを教わる。

その時私は床に座って犬とじゃれながら見ていた。
母は「じゃあ一緒にやりますか」といって立ち上がり
スパッツ姿で腰を振り出した。
そのお尻の位置は私の目の前。
ゆっくりと振られる大きいおケツ。

勘弁してくれよ、という不快感とガッカリ感がジンワリ混じった変な笑い。

こういう笑いは何て呼ぶんだろうか。


3月2日(水)
献血を断られた。連続で3回目。
1回目と今回の理由はヘモグロビンの比重が足りてないかららしい。
2回目のときはB型は足りてます、という理由。
(血も新鮮な方がいいので、無駄に採ることはしないそうだ)

問診や血圧(ギリギリセーフ)をクリアし、水分補給のアクエリアスを飲み、
本番前の検査で血を抜かれた結果NG。
すごく悔しい。
レバーを食べてから行けば良かっただろうか。

そういえば注意書きの中で何とかという育毛剤を使ってる人は採れないと書かれていた。
その理由で断られるのはもっと悔しそうだ。

それと美容に使うプラセンタ(胎盤)注射をした人は
一生献血をしてはいけないらしい。
それを知りながらも昔やってしまったという会社の女性も後悔していた。


3月3日(木)
ひな祭り。
小さい時は割と好きだったイベント。

昔はうちもお雛様を飾っていた。
お内裏様がイケメンで好きだった。
美人のお雛様が持ってる小さい扇が可愛くて
それで遊んでたら無くしてしまって、以降は金色の折り紙で作ったものを持たせていた。(かわいそう)

お雛様をすぐに片付けない家の娘はなかなか結婚できないと聞く。
当然うちも長いこと飾られていた。

いまやお雛様たちはイナバ物置の奥深く。
代わりに小さい焼き物でできたお雛様たちがTVの下に置かれていた。
桜餅食べた。
春が来る。


<その他>
私の机近くに置いてあったウェットティッシュが無くなっていたので
会議から帰ってくるついでに替えを取ってきて封を開けた。
しかしいざ詰めようと思ったら既に入っていた。
誰かが入れてくれたらしい。

封をガッツリ開けてしまった替えのウェットティッシュ、
後は乾いていくのみだ。
一応テープで止めた。
会議室でちょうど無くなりそうだという所に入れようと思ってはいるが
昨日から未だに会議室は空いていない。

そういう訳で私の机の上にはウェットティッシュの替えが
封を下にして立っている。
2月25日(金)
知人が3月にスウェーデンに行く事になったので(2~3年予定)
4人で集まり送別会@新宿

私以外お酒を飲めないので、以前行って雰囲気の良かったカレー屋を予約していた。

周りが可愛らしくパイナップルラッシーやらマンゴーラッシーなどを頼んだあと、
私は1人だけお酒の入った大人のラッシーというのを頼んだ。

しかしオーダーを読み返したインド人の店員(多分)は「オトコのラッシーですね」という。
違うんだけどなと思ったがまあ言い間違いはあるよねとスルーした。
でも出てくる時にも「オトコのラッシーです」と言っていた。
なんか嫌。


--
スウェーデンは医療費と学費が無料で、無職になっても3年は保障してくれるという。
(ただし税金は高い。50%くらい)
だからなのかあまりバリバリ働く人はおらず、
貧富の差がそんなに無いそうで、それは素晴らしいなと思った。

ストックホルムで家を買うには11年待ちだとか、
(申し込み順だそう。価格高騰を防ぐためもあり政府介入)
日本とは大分違う文化。
彼女が向こうにいるうちに行ってみたい。


2月26日(土)
前日夜からうちに来ているお祖母ちゃんと急遽
母の代わりに舞台を見に行く事に@明治座


梅沢富美男がメインで他に瀬川瑛子や中村玉緒が出演の
芝居、歌謡ショー、舞踊となんだか盛りだくさんの3時間(ほか休憩が30分×2)。

明治座には左側に花道があるのだけど、右側の席だったから遠くて残念だねという話をしていた。

でも最後に超煌びやかな瀬川瑛子が舞台を降り、
通路を通って丁寧に握手して周っていた。
私たちも前の方の通路側にいたのでお祖母ちゃんと共に握手してもらう。

有名人と握手したのは昨年のオーケン以来か。

かなり年上世代向け舞台ではあったが
飽きさせないように趣向が凝っていて
お金もかけているなという印象。
衣装がほんと凄かった。梅沢兄弟は面白かった。


<その他>
・帰ってギターの練習→レッスン。
毎回レッスン前に1時間しか練習していないので全然上達しない。

・花粉が飛んでいるのをすごく感じる。
クシャミがたまに出て鼻がムズ痒い。
お祖母ちゃんも花粉症なので一緒にハーブティをたくさん飲む。
が、ついに点鼻薬に手を出す。

・DPZに20本目「SDカードはどこまで飛ぶのか」を掲載してもらう。
http://portal.nifty.com/2011/02/26/b/

掲載後の反応をtwitterで見るのだけれど、
「この人は一体何をやっているんだ」という冷静な突っ込みがあって・・・
何だかちょっと嬉しかった。

それと、できればあまり顔を出したくないので
グラサンキャラになりたいなと思った。


2月27日(日)
お祖母ちゃんと恒例の巣鴨へ。母と3人で。
お祖母ちゃんがブラウスを探していたので一緒に探す。
が、なかなか思った通りのが無い。

数店舗まわったところで
おばあちゃんはもういいよ、と諦めかけていた。

疲れも出たかなとお昼ご飯でも食べようとなった。
もともとこの日はお祖母ちゃんのためにお金を使う気でいたのだが、
自分が提案したその場の前にはうどん屋と鰻屋しかない。

経済的にはうどん屋が良かったが・・見栄を張って鰻屋に。
7000円がすぐ消えた。鰻め

その後に入った洋服やで無事に良いブラウスを見つけ、
車で六義園に行ってのどかな景色を眺めた。

家に帰るとお祖母ちゃんがぜんまいを調理してくれた。うまい。
それといつものお寿司食べた。
(ただし母が買ってきたのでネタがいまいち)


<その他>
母が物置を掃除したところ、私が保育園時代の連絡帳が出てきたらしい。
両親と保母さんとのやりとり。

読んでみると2番目の兄に泣かされていた事ばかり書かれている。
毎日やりとり(書いているのは母より父の方が多い)していて
親も保育士さんも大変だと思いつつ
自分のかつての可愛らしい様子にほっこりする。

保母さんが「くみちゃんの可愛いところどこ?」と聞いた所
私は「ここ」と言っておヘソを指したらしい。

今ならなんと答えるだろうか。
毎回適当なこと言って流すだろうな。


2月28日(月)
朝早く起きてお祖母ちゃんと犬の散歩に行こうと前夜に約束をした。
お祖母ちゃんは6時に起きればいいねと余裕だが私には至難。
7時に行けるように頑張って起きる、と言ったが
雨が降っていたので結局二度寝してしまった。

お祖母ちゃんは来月もまた遊びに来てくれる事になった。
お祖母ちゃんとずっといれば規則正しい生活をして、
真面目で良い人間でいられる気がする。

巣鴨でお祖母ちゃんに買って貰った傘を早速使って会社に向かった。

東京葛飾生まれ。 江戸っ子ぽいとよく言われますが、新潟と茨城のハーフです。 ツイッターアカウントpekorinnote

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